遺言書のハンコは要らなくなる?民法改正の「押印の任意化」と「保管証書遺言」——それでも今書くなら現行ルールで【2026年9月時点】

「そろそろ遺言を書いておこうと思うのですが、ハンコが要らなくなるという話を聞きました。それなら、新しいルールになってから書いたほうがいいでしょうか」——当社にお寄せいただくご相談の実感として、最近こうしたお尋ねをいただくことが増えました(ご相談内容をもとに再構成した一般的な例です)。たしかに、2026年6月に成立・公布された民法等の改正で、遺言のかたちは数年かけて大きく変わります。押印が要らなくなる方向であることも、電子データで作って法務局が預かる新しい遺言が生まれることも、本当です。ただし、どちらもまだ始まっていません。そして「始まるのを待つ」という判断には、見落とされがちな落とし穴があります。この記事では、①何がいつ変わるのか、②今日遺言を書くならどのルールで書くのか、③待つべきでない理由、④今すぐ使える法務局の制度、の4つを、法務省の公式情報の出典付きで整理します。
目次
何が、いつ変わるのか
法務省によると、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)は令和8年6月17日に成立し、同年6月24日に公布されました。あわせて整備法(令和8年法律第46号)も公布されています。改正の柱は、成年後見制度の見直しと遺言制度の見直しの2つです。
施行期日は、内容ごとに分かれています。
| 改正の内容 | 施行期日 | 期限の目安 |
|---|---|---|
| 遺言制度のうち押印の任意化等 | 公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日 | 2027年6月23日まで |
| 成年後見制度の見直し(後見・保佐を廃止し補助に一元化) | 公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日 | 2028年12月23日まで |
| 遺言制度のうち保管証書遺言の創設等(システムの改修を要するもの) | 公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日 | 2029年6月23日まで |
出典: 法務省「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について/※「期限の目安」欄は、公布日(令和8年6月24日)を起算日として当社が計算した期間の満了日であり、法務省が公表している日付ではありません。実際の施行日は政令で定められます。
なお「保管証書遺言」は、法務省の説明では電子データ等で作成し、法務局において保管する新しい方式です。こちらはシステムの改修が必要なため、上の表のとおり最も遅い区分に置かれています。押印の話と混ぜて「もうすぐデジタルで遺言が書ける」と考えないでください。
今日書くなら、現行のルールで書きます
改正が施行されていない以上、今日作る遺言は、今のルールを満たしていなければ無効になり得ます。自筆証書遺言について、民法第968条第1項は「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と定めています。
ひとつだけ例外があります。平成31年1月13日に施行された改正により、自書によらない財産目録を添付するときは、その目録については自書しなくてもよいことになりました。パソコンで作成した目録や、登記事項証明書・通帳の写しを添付できます。ただしその場合、遺言者はその財産目録の各頁(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名押印をしなければならないとされています。
出典: e-Gov法令検索 民法(明治二十九年法律第八十九号)/法務省 自筆証書遺言に関するルールが変わります。
「始まってから書こう」をおすすめしない3つの理由
- 施行日がまだ決まっていない — 政令待ちの状態で、いつからかは分かりません。待つ期間の長さが読めないまま、遺言のない状態が続きます
- 押印が任意になっても、書く負担はさほど変わらない — 今回の改正で見直されるのは押印の要件であり、「全文・日付・氏名を自分で書く(自書)」という自筆証書遺言の基本は維持されます。ハンコを押さずに済むことと、遺言を書き上げることの大変さは、別の話です
- 相続は、こちらの都合を待ってくれない — 認知症などで判断能力が低下すると、遺言を作ること自体が難しくなります。制度の施行を待っている間に、書ける状態でなくなることがあります
改正が動き出したら、そのときに書き直す(新しい遺言を作る)ことができます。民法上、前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については後の遺言によって撤回したものとみなされます(民法第1023条第1項)。前の遺言を確実に失効させたい場合の書き方には作法があるため、書き直しの際は専門家にご確認ください。それでも「今のルールで一度書いておき、制度が変わったら見直す」という順番のほうが、現実的です。
今すぐ使える制度——法務局の「自筆証書遺言書保管制度」
「保管証書遺言」(公布から3年以内に施行)を待たなくても、自分で書いた自筆証書遺言を法務局に預ける制度は、すでに動いています。法務省が挙げている主な特徴は次のとおりです。
- 相続開始後、家庭裁判所における検認が不要
- 民法の定める自筆証書遺言の形式に適合するかについて、外形的なチェックが受けられる
- 関係遺言書保管通知 — 相続人等のうちどなたか一人が遺言書の閲覧をしたり、遺言書情報証明書の交付を受けた場合に、その他の相続人全員へお知らせが届きます
- 指定者通知 — 遺言者があらかじめこの通知を希望している場合、指定した方(遺言者1名につき3名まで指定可)に、遺言者の死亡の事実が確認できた時にお知らせが届きます
手数料は法務省が定めており、次のとおりです。収入印紙により納付します。
| 手続 | 手数料 |
|---|---|
| 遺言書の保管の申請 | 1件につき3,900円 |
| 遺言書の閲覧請求(モニターによるもの) | 1回につき1,400円 |
| 遺言書の閲覧請求(原本) | 1回につき1,700円 |
| 遺言書情報証明書の交付請求 | 1通につき1,400円 |
| 遺言書保管事実証明書の交付請求 | 1通につき800円 |
出典: 法務省 自筆証書遺言書保管制度/同 制度の概要/同 手数料
実家・土地があるご家庭で、特に確かめておきたいこと
滋賀県内でご相談をお受けしている実感として、遺言そのものより「何を持っているかが分からない」ところで止まっているご家庭が少なくありません。
- 不動産の特定 — 遺言に「実家」とだけ書いても、どの土地・どの建物を指すかで解釈が分かれることがあります。登記事項証明書や固定資産税の課税明細で、所在・地番・家屋番号を確認してから書くほうが安全です
- 持っている不動産の洗い出し — 2026年(令和8年)2月2日に運用が始まった所有不動産記録証明制度(法務省)を使うと、ご自身名義の不動産を一覧で確認できます(詳しくは所有不動産記録証明制度とは?で整理しています)
- 名義が親や祖父母のままの土地がないか — 相続登記が済んでいない不動産は、ご自身の持分がどこまでか、誰と共有になっているかが登記上はっきりしないため、遺言に書いても実現の場面で手続や解釈が複雑になりがちです。相続登記には義務化に伴う期限もあります。どこまでがご自身の権利かの整理は、司法書士・弁護士にご確認ください(詳しくは相続登記の義務化とは?)
- 兄弟の共有になっている実家 — 共有持分をどうするかは、遺言の書き方で結論が変わる部分です(実家が兄弟の共有名義に…そのままで大丈夫?)
草津市にお住まいのDさん(仮名)は、「ハンコが要らなくなってから書く」とお考えでした。お話をうかがう中で、先代名義のままの土地が県内に残っていることが分かり、まずその整理から着手することになりました。制度の施行を待つ間にできることは、実はたくさんあります。※事例は個人が特定されないよう再構成したものです。ご家庭の事情によって進め方は異なります。
まとめ
- 令和8年法律第45号(公布 令和8年6月24日)により、遺言の押印の任意化等は公布から1年を超えない範囲内、保管証書遺言の創設等は3年を超えない範囲内で、それぞれ政令で定める日に施行されます
- 2026年9月10日時点で、その政令はまだ定められていません。「もう押印は要らない」ではなく、「これから始まる」段階です
- 今日書く遺言は、現行のルール(全文・日付及び氏名の自書と押印。財産目録のみ自書不要だが各頁に署名押印)で作る必要があります
- 施行を待つより、一度書いておいて、制度が変わったら見直すほうが現実的です
- 法務局の自筆証書遺言書保管制度(保管の申請1件3,900円)は今すぐ使えます。検認が不要になる一方、受けられるのは外形的なチェックにとどまります
- 遺言の前に、不動産の特定・相続登記の状況を確かめておくと、書き直しの手間が減ります
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よくある質問
Q. 遺言のハンコは、もう押さなくてよいのですか?
いいえ。押印の任意化を含む改正法は令和8年6月24日に公布されていますが、施行期日は政令で定めることとされており、2026年9月10日時点でその政令は定められていません。今作る遺言は、現行のルール(全文・日付及び氏名の自書と押印)で作る必要があります。
Q. パソコンで遺言を作れるようになるのはいつですか?
電子データ等で作成し法務局において保管する「保管証書遺言」の創設等は、公布の日(令和8年6月24日)から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日に施行されるとされています。押印の任意化等(1年を超えない範囲内)とは施行の区分が異なります。
Q. 財産目録もすべて手書きしないといけませんか?
平成31年1月13日に施行された改正により、自書によらない財産目録を添付するときは、その目録については自書しなくてもよいとされています。ただし遺言者は、その財産目録の各頁(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名押印をしなければならないとされています。
Q. 法務局に預けると、遺言の内容が有効だと保証されますか?
いいえ。法務省の説明では、受けられるのは民法の定める自筆証書遺言の形式に適合するかについての外形的なチェックです。内容が有効か、意図どおりに実現するかを保証するものではありません。内容については弁護士・司法書士・行政書士等にご相談ください。
Q. 法務局に預けると、家族はどうやって遺言の存在を知るのですか?
法務省は2つの通知制度を挙げています。相続人等のうちどなたか一人が遺言書の閲覧をしたり遺言書情報証明書の交付を受けた場合に、その他の相続人全員へ届く「関係遺言書保管通知」と、遺言者があらかじめ希望している場合に、指定した方(遺言者1名につき3名まで指定可)へ遺言者の死亡の事実が確認できた時に届く「指定者通知」です。
Q. 遺言書保管制度の手数料はいくらですか?
法務省が定める手数料は、遺言書の保管の申請が1件につき3,900円、遺言書の閲覧請求がモニターによるもの1回1,400円・原本1回1,700円、遺言書情報証明書の交付請求が1通1,400円、遺言書保管事実証明書の交付請求が1通800円などです。収入印紙により納付します。
Q. 成年後見制度も変わると聞きました。
同じ改正法で、後見及び保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化する見直しが行われます。施行は公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日とされています。詳しくは「成年後見制度が26年ぶりに大改正」で整理しています。
※本記事は2026年9月10日時点で公表されている法務省・e-Gov法令検索の情報に基づく一般的な解説であり、個別の事案に対する法務・税務上の助言ではありません。遺言書の作成・内容は弁護士・司法書士・行政書士、税額の判断は税理士または税務署、登記手続は司法書士または法務局にご確認ください。施行期日は政令で定められるため、今後変わり得ます。不動産の現況確認・査定・片付け・売却の段取りなど不動産に関する部分は株式会社BATONがお受けし、必要な専門家におつなぎします。
出典: 法務省「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について/法務省 自筆証書遺言に関するルールが変わります。/法務省 自筆証書遺言書保管制度/法務省 遺言書保管制度の概要/法務省 遺言書保管制度の手数料/法務省 所有不動産記録証明制度について/e-Gov法令検索 民法
